クニフロの泣ける話、感動する話まとめ
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  └ 名無し at 2012/05/13 0:15:42
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2009/11/24
運命の再会
158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/30(火) 19:50:44
私の友人の婚約者の話です。

彼は幼い頃に母親を亡くし、父親と祖母と暮らしていました。
彼が17歳の時に、急性骨髄性白血病にかかってしまい、本人すら死を覚悟していましたが、骨髄移植のドナーが運良く見つかり、死のふちから生還しました。

そのときに1人でも多くの人を助けることができたらと医者になることを決意し、猛勉強の末に某国立医科大学を卒業、インターンを経て無事彼が骨髄移植を受けた病院に就職することができました。

その病院で私の友人、彼女もまた医師をしていますが、彼女と出会い、晴れて婚約をしました。彼の祖母が先日亡くなったので、しばらく沈んでいたようですが、日々忙しく働く中で、徐々に持ち直していたようです。



そんなある日、1人の救急患者が運ばれて来ました。
50代後半くらいの女性で交通事故に遭い意識不明の重態だったので、至急家族に連絡が必要だったのですが、身分証明を所持しておりませんでした。

首にかかっていたペンダントが俗に言う、「ロケット」タイプだったらしく、手がかりになればと開けてみたところ、なんと幼い頃の彼の写真が。彼はすぐに父親と連絡を取り、その旨を話すと父親もすぐ病院に駆けつけました。

父親から聞いた事情はこうでした。
もともと彼の祖母をはじめとする親族が父と母の結婚に大反対していたらしく、それを押し切って結婚したものの、彼の母親はものすごい嫌がらせを受け、心身ともに参ってしまったそうです。

母親は不眠症に陥り、睡眠薬が欠かせない状態で自律神経失調症になってしまいました。医師からは環境を変えなければ治りようが無いと言われ、少しの療養のつもりが、結局父親の親族から追い出された形になってしまったのです。

何度も息子に会いに家を訪れる母親を、祖母が知り合いの医者を使って精神異常との診断書を書かせ、それを裁判所に持ち込み、息子との接触を許されない状況にされてしまいました。

そんな状態でしたが、母親が唯一彼と接触した日があったそうです。急性骨髄性白血病にかかったとき、親族で誰一人として型が一致する者がおらず、苦肉の策で母親を呼び出し検査したところ、見事に一致することがわかったのです。

もちろん母親は何の見返りも求めませんでしたが、ただ1つ、夢にまで見た息子とどうしても話がしたいと申し出たところ、手術のあと眠っている間に顔を見るのはいいと言われ、もちろん彼は覚えてはいませんが、実際20分ほどだけ同じ病室にいたそうです。

彼も大好きだった遠い記憶にある優しい母が、夢にまで見た母親が目の前にいて彼女は重態だということ、親族一同が母親にした仕打ち、ものすごい感情と闘いながら必死で治療を続けました。

しかし2日間の集中治療の甲斐も虚しく、今日か明日かという状態になり、病院長から「是非お母さんと一緒にいてあげてください」と言われ、彼はずっとお母さんの傍に座り、一晩中手を握っていたそうです。そして翌朝、お母さんは息を引き取ったそうです。事情を知っている同僚や看護婦もみんな涙したそうです。

後日、お母さんのアパートを友人の婚約者と訪ねたところ、たった一人で暮らしており、とても質素な暮らしぶりだったそうです。

部屋には彼の幼い頃の写真がたくさん飾られていて、彼が手にすることのなかった、親族が送り返した大量の手紙、クリスマスプレゼント、誕生日プレゼントなどが押入れに残っており、通帳の表表紙には彼の名前がサインペンで書いてあって、預金額はその質素な暮らしぶりからは考えられないほどの金額でした。

最後に預金した日がお母さんが交通事故に遭った1日前の日付けで、彼と婚約者はその場にうずくまって泣きつづけたそうです。

本当に残念なのが、彼の父親が手紙を送っており、彼が結婚を予定していること、祖母も亡くなり、今さらだが息子のために結婚式参加してもらえないかという内容の手紙を送っていたにもかかわらず、母親は受け取らないままに亡くなってしまったことでした。

約30年近く夢にまで見たかけがえのない息子を抱きしめることができただろうに・・・・



長くなってすみません。
みなさん、お母さんを大切にしてあげてください。一度でいいから「ありがとう」と声をかけてあげてください。

posted at 2012/03/14 22:50:31
lastupdate at 2012/03/14 22:50:31
修正
 
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