クニフロの泣ける話、感動する話まとめ
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2011/04/20
オレは、じいさんと仲が悪かった。
だから、ガンで入院した時も見舞いに行こうなんて
これっぽっちも思わなかった。

たまたま、友人がじいさんと同じ病院に入院した。
オレは、友人の見舞いに行くついでに
じいさんの顔ぐらい見ておこうと思った。
これが最後になるだろうから、見納めにと。

病室、カーテンで仕切られた向こう側
ベットで寝てるじいさんがいた。

ガリガリだった。

あちこちチューブに繋がれてて、肌が黄色くて、髪が無くて
ときどき苦しそうに咳き込むじいさん。

弱弱しく息をするじいさんを見て
オレは体中が熱くなり強張った。
立ってるだけで精一杯だった。
声を掛ける事も出来なかった。
少しでも気を抜くと、オレは絶対に泣いてしまうと思ったから。

その後、友人の病室に続く渡り廊下で泣いた。
あんなに嫌いだったのに。
何故か、涙が止まらなかった。

未だに、自分が泣いた理由が分からない。
でも、少なくとも、あの瞬間だけは
オレは、じいさんと一緒に生きたいと心から思った。

posted at 2012/03/20 19:23:31
lastupdate at 2012/03/20 19:23:31
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2011/04/14
493 :おさかなくわえた名無しさん :04/12/12 18:30:29

もう10年も前の話。
妻が他界して1年がたった頃、当時8歳の娘と3歳の息子がいた。
妻がいなくなったことをまだ理解できないでいる息子に対して、
私はどう接してやればいいのか、父親としての不甲斐なさに悩まされていた。

実際私も、妻の面影を追う毎日であった。
寂しさが家中を包み込んでいるようだった。
そんな時、私は仕事の都合で家を空けることになり、
実家の母にしばらくきてもらうことになった。

出張中、何度も自宅へ電話をかけ、子供たちの声を聞いた。
2人を安心させるつもりだったが、心安らぐのは私のほうだった気がする。

そんな矢先、息子の通っている幼稚園の運動会があった。
“ママとおどろう”だったか、そんなタイトルのプログラムがあり、
園児と母親が手をつなぎ、輪になってお遊戯をするような内容だった。
こんなときにそんなプログラムを組むなんて・・・

「まぁ、行くよ♪」 娘だった。
息子も笑顔で娘の手をとり、二人は楽しそうに走っていった。
一瞬、私は訳が分からずに呆然としていた。
隣に座っていた母がこう言った。

あなたがこの間、九州へ行っていた時に、
正樹はいつものように泣いて、お姉ちゃんを困らせていたのね。
そうしたら、お姉ちゃんは正樹に、
「ママはもういなくなっちゃったけど、お姉ちゃんがいるでしょ?」
「本当はパパだってとってもさみしいの、」
「だけどパパは泣いたりしないでしょ?」
「それはね、パパが男の子だからなんだよ。まぁも男の子だよね。」
「だから、だいじょうぶだよね?」
「お姉ちゃんが、パパとまぁのママになるから。」
そう言っていたのよ。

何ということだ。
娘が私の変わりにこの家を守ろうとしている。
場所もわきまえず、流れてくる涙を止めることが出来なかった。

10年たった今、無性にあの頃のことを思い出し、また涙が出てくる。
来年から上京する娘、おとうさんは君に何かしてあげられたかい?

君に今、どうしても伝えたいことがある。
支えてくれてありがとう。君は最高のママだったよ。
私にとっても、正樹にとっても。
ありがとう。
posted at 2012/03/14 8:15:34
lastupdate at 2012/03/14 8:15:34
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2011/04/10
74 :名無し物書き :2002/03/04 16:45
僕の友達が事故で亡くなったんです。
本当に突然のことで、何が何だかわかんなくて涙なんか出ませんでした。葬式にはクラスのみんなや友達がたくさん来てました。

友達は遺影の中で笑ってました。
いつも僕に見せていてくれた笑顔です。
それを見てたら自然と涙が頬を伝っていました。
それが口まで流れてきて、しょっぱいなって思って、それで自分が涙を流しているんだと気付いたんです。僕はいたたまれなくなって葬式の会場を飛び出していました。

次の日、僕はパソコンのメールをチェックしました。
そこにはあの亡くなった友達からのメールが届いていました。
日付を確認すると事故の日でした。
僕は何だかドキドキして、メールを開きました。すると
「あさってに、いつも学校帰りで通る公園で待ってるから。午後5時にね。遅れるなよ」
と書いてありました。
何でわざわざメールで?と思いましたが、何か不思議な力が働いたような気分でした。

実はその日は僕の誕生日で、親と出かけることになっていたのです。車に乗って高速道路を使い、隣の県に住むおじいちゃんの家に行くことになっていたのです。
僕はおじいちゃんに電話をし、今日は行けないと伝え、親にも今日は用事があると言いました。そしておじいちゃんの家に行くのは中止になったのです。

僕は友達からのメールの通り午後5時に公園に行きました。
もちろん誰も来ません。午後5時に鳴る、公園のそばにある時計台の鐘を聞き、僕は友達との思い出を振り返って家に帰りました。

そして家に帰ると親が血相を変えて僕に話し始めました。
「さっきニュースでやってたんだけど今日通る予定だった高速道路で玉突き事故があったんだって。予定通りに行ってたら私たちも事故に遭ってたわね」
僕が生まれた日に、僕が死ぬのを友達が救ってくれたんだ、そう思えてきてあのメールは今でもパソコンに保存してあります。
posted at 2012/03/14 21:57:17
lastupdate at 2012/03/14 22:59:46
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2011/04/09
・・・・昔々 ある所に一人の駄目人間がいました

そいつは大学を中退して社会に出るため職を転々と廻ったんだ
1社
2社
3社・・
ちょうど冬の寒さが身に沁みる時期でしょうか
12社目を受けた時です
「お前を雇う所なんてどこにも無い」
と面接官に言われました・・・・

それから 彼の引きこもり人生が始まったのです
当初はちょっとだけ休みを取って疲れた体を癒せればそれで良かった・・
両親は笑顔で「疲れたんだろ?少し休んでから頑張りなさい」
って言ってくれたんだ
俺はいつか絶対に両親を幸せにしてやろうと決心した・・・
でも そんな思いは長くは読かなかった
一度 ひきこもりにはまってしまうと怖くて動けなくなってしまう
自分が天才哲学者にでもなったかのように世界を決め付ける
・・・・

ーそんなこんなで3年もの月日は流れたある日
彼はもうドア越しに話かけられても
会話できない程 アホ丸出しの引きこもりと化していた
母親「あなたに会いたいってお友達が来てくれたわよ・・」
震える声で言った
ドンドン!っとドアを叩いて 誰かが叫んでる
「おーい!俺ぇ〜森本だよ、ちょっと話しないか〜?!」
聞き覚えのある声・・・・それと同時に寒気が彼を襲った
高校時代彼をイジメていた不良グループの一人だ・・・
1〜2時間くらいたってドアを叩く音が止んだ・・・
スーッとドアの下から手紙が入れられてきた
ソレを見ながら彼は体育座りのまま眠りについた

ーあの事件が起きて4日目
手紙を確認することにした・・
「同窓会のお知らせ」
引きこもりの彼にコレはきつかったのでしょう
物凄い勢いで破り捨てました
ソレと同時に涙と何とも言えない孤独感・・
そして怒りがこみ上げてきました・・・・
壁を殴りつけ 布団を蹴り上げ 
彼は叫び読けました
そこへ 彼の母親がやってきました
母親「どうしたの?!ねぇ、どうしたの??!!」
耳に聞こえてくる母親の声
彼はそれをかき消すように叫び読けた・・・・

同窓会 前夜 母親がドアを3回叩いた
3回叩く時はご飯を運んできた合図だ
いつも通りにドアを少し開けごはんを取ろうとした時だった 
食器の横に黒い物が置いてあった
クリーニングに出したのだろうか 札が付いたままのスーツだった
このスーツは 大学を辞めた時に母親からプレゼントされたもので
チョット丈が短い 残念なスーツだ・・・
お坊ちゃま君みたいで着るのを嫌がったのを憶えている

それでも母さんはそんな彼を見て
「いいわよ!さすがお父さん、お母さんの子ねっ!!」
って自信満々に彼の就活を応援してくれた・・・・
そんなスーツだ・・・・
母親はこのスーツを着て同窓会に行ってほしかったのだろう・・・

だが彼にはそんなこと関係ない
人に会う? 馬鹿じゃないのか?!
ましてや昔の友達なんかには特にだ・・・・・

ーそれから 5ヶ月たった頃・・・・・
滅多にならない携帯に 電話がきた・・・
この携帯電話は彼が引きこもりになりかけの時に母親が渡したものだった
まあ・・・面倒なので電話にでないのは当たり前だろ・・・・・
気になって留守録を聞いてしまった

しかしそこに残っていたのは父親の声だった・・・
父「・・・・・・母さんが倒れた・・・今すぐ○×病院に来い・・
今夜が峠だ・・・そうだ・・」
全身に鳥肌が立った 怖いなんてものじゃない
だけどその時には何も考えずに走り出していた
彼が病院に着いた時にはもう母親の息はなかった・・・
実は父親が電話した時にはもう息はなかったらしい・・・
寝巻きにサンダル・・・伸びっぱなしのヒゲに壊れた眼鏡姿のままで・・

父親
「母さんはお前が自分の力で外に出てほしかったと言っていたんだ・・
お前が自分の意思でここまで来てくれることが 望みだったんだろうな・・」
彼は泣きながら母親の手を握り締めた

ー母親の葬式の日
彼はあのスーツを着た・・・
胸ポケットから1通の手紙とお守りが入っていた・・・

「国○ 先日お友達が来た時に同窓会があるって母さん聞いたの
 だからスーツ着て、皆に会ってきなさい
 せっかく久しぶりに皆に会えるチャンスなんだから、ね
 丈はね 直しておいてあげたから
 もう恥ずかしくないわね これで外出れるね

 ごめんね。」

そしてお守り 母さんも同じ物を持っていた・・・・
あの時 ごめんって言えたら・・・・
母さんは喜んでくれたのかな
彼は今でもそのスーツを着て一生懸命働いているそうです
posted at 2012/03/23 23:52:51
lastupdate at 2012/03/23 23:52:51
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2011/04/04
月末になると ゆうちゃんは、薄い給料袋の封も切らずに必ず横町の角にある郵便局へとび込んでゆくのだった。

仲間はそんな彼をみて、貯金が趣味のしみったれた奴だと、飲んだ勢いであざ笑っても、 ゆうちゃんは、ニコニコ笑うばかり。



 

僕だけが知っているのだ。

彼はここへ来る前にたった一度だけ、たった一度だけ、哀しい誤ちを犯してしまったのだ。

配達帰りの雨の夜、
横断歩道の人影に、ブレーキが間にあわなかった。
彼はその日とても疲れてた。
 
『人殺し!あんたを許さない』

と彼を罵った被害者の奥さんの涙の足元で、
彼はひたすら大声で泣きながら、
ただ頭を床にこすりつけるだけだった。



 

それから彼は人が変わった。

何もかも忘れて働いて働いて、償いきれるはずもないが、
せめてもと、毎月あの人に仕送りをしている。

今日ゆうちゃんが僕の部屋へ泣きながら走り込んで来た。
しゃくりあげながら彼は一通の手紙を抱きしめていた。

それは事件から数えてようやく七年目に、
初めてあの奥さんから彼宛てに届いた便り。



 

『ありがとう。
あなたの優しい気持ちはとてもよくわかりました。 
だからどうぞ送金はやめて下さい。
あなたの文字を見る度に主人を思い出して辛いのです。
あなたの気持ちはわかるけど、それよりどうかもう、
あなたご自身の人生をもとに戻してあげて欲しい』
 
手紙の中身はどうでもよかった。

それよりも 償いきれるはずもないあの人から 、
返事が来たのが、ありがたくてありがたくて。

ありがたくて ありがたくて ありがたくて。



  

神様って思わず僕は叫んでいた。

彼は許されたと思っていいのですか。
来月も郵便局へ通うはずの
やさしい人を許してくれてありがとう。

人間って哀しいね。

だってみんなやさしい。
それが傷つけあってかばいあって、
何だかもらい泣きの涙がとまらなくて。

とまらなくて とまらなくて とまらなくて。
posted at 2012/03/14 21:29:50
lastupdate at 2012/03/14 23:08:40
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774 :大人の名無しさん :04/06/03 22:33 ID:K+cG6zAd

ばあちゃん(゚Д゚)ゴルァ!

四年ぶりに田舎帰って、
その帰り際に押し問答で押しきられた、
封筒の厚さがおかしいと思ったら
5 0 万 もはいってましたよ(゚Д゚)ゴルァ!

渡されるとき変だな変だな〜って思ってましたよ(゚Д゚)ゴルァ!
1万円でも漏れには大金なのに 5 0 万 て何事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
漏れはちょっと前に事故で死にかけて、今すげー金欠ですよ

でもな、ばあちゃん
何やってんですか(゚Д゚)ゴルァ!
50万てばあちゃんその金稼ぐのにどれだけ苦労しましたか?
ばあちゃんが作ってうってる野菜ひとふくろ100円ですよ(゚Д゚)ゴルァ!

ひとふくろたった5本の胡瓜だけれど、
それをつくるのに、ばあちゃんどれだけ苦労しましたか(゚Д゚)ゴルァ!

曲がった腰、更に曲げて、
草取り、水遣り、肥料遣りに、
支え作り袋詰だって楽じゃないですよ(゚Д゚)ゴルァ!

ばあちゃん、体きついって、
頭痛い腰痛い足痛いって言ってるじゃないですか(゚Д゚)ゴルァ!

ばあちゃんの胡瓜は、
ばあちゃんの命すり減らして作ってますよ(゚Д゚)ゴルァ!
金額も金額だけど、金の価値はそれだけじゃないですよ(゚Д゚)ゴルァ!

漏れはばあちゃんの命を喰ってるようで。。。
涙が止まりませんよ(゚Д゚)ゴルァ!

田舎にも帰らず28P300円でフォモ本作って
売りさばいてたりしてごめんなさい(゚Д゚)ゴルァ!

漏れの本とばあちゃんの野菜は価値が違うよ!
四年ぶりに会ったばあちゃん、ちっちゃくなって
声もちいさくなって前はきりきり働き者だったのに
頭痛いってずっと寝てましたよ(゚Д゚)ゴルァ!
posted at 2012/03/14 16:19:59
lastupdate at 2012/03/14 23:05:00
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2011/04/02
私が彼と最初に出会ったのは会社の懇談会でした。

ふとしたことから一緒に遊ぶようになり、付き合いはじめました。 私はもともと打たれ弱い性格だったので、彼にグチってしまうことが 多かったのです。

でも、彼はそんな私に嫌な顔一つせずに、優しい言葉をかけてくれたり、 励ましてくれていました。彼はグチ一つこぼさず、明るい人だったので、「悩みがないなんていいねー。」なんて言ってしまったりすることもありました。

彼との別れは突然訪れました。彼が交通事故で亡くなったのです。彼のお葬式に行っても、まったく実感が湧きませんでした。 お葬式の後、彼の両親から彼の携帯を渡されました。

携帯をいじっていると、送信されていない私宛のメールが たくさんあるのに気付きました。 そのメールには仕事のグチや悩みごとなどがたくさん書いてありました。

その瞬間、私は彼の辛さに気付かなかった自分のくやしさや、無神経な言葉を言った 自分への後悔、常に私を気遣っていてくれた彼への感謝で涙が止まりませんでした。

あの日からもう1年以上になりますが、その携帯は大切にとってあります。
posted at 2012/03/14 12:01:34
lastupdate at 2012/03/14 23:09:09
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